宮澤博行の父親は宮澤喜一でなく土木の作業員【小さな集落に住む6人家族】実家の家族構成を調査しました。

宮澤博行の父親は宮澤喜一でなく土木の作業員【小さな集落に住む6人家族】実家の家族構成を調査しました。

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くろねこ探偵社の調査報告書を閲覧くださり、ありがとうございます。
本記事は『宮澤博行さんの家族』についての報告書です。

裏金問題で大きく揺れている政権。
真実はどうなっているのかと疑心暗鬼が膨らむ中、裏金問題を解決に大きく向かわせる一言を語り、注目を浴びた宮澤博行議員。

  • 宮澤博行さんの父親は宮澤喜一元内閣総理大臣なのか。
  • 宮沢博行さんの家族はどんな家族なのか。

『宮澤博行さんの家族』について、調査を行った結果を以下に報告します。

くろねこ

調査担当:くろねこ。
足跡の続く限り、調査し続けました!


調査内容(もくじ)

宮澤博行議員の家族構成は「父母妹と祖父母」の6人家族

宮澤博行さんのご実家は6人家族だったそう。

  • 父親
  • 母親
  • 宮澤博行さんご本人
  • 祖父
  • 祖母

静岡県の山深い小さな集落に家を構え、大自然の伸び伸びとした環境の中で暮らすお家だったそうです。

宮澤博行議員の父親は宮沢喜一ではなく「土木の作業員」だった

防衛副大臣となった宮澤博行さん。
苗字が「宮澤」ということを受けて、「元内閣総理大臣・宮沢喜一の息子なのではないか」と話題になっていました。

しかし、宮沢博行さんの父親は、宮澤喜一さんではありません

宮澤博行議員の父親は静岡で土木の作業員をしていた

宮澤博行さんの父は自叙伝によると、「土木の作業員をしていた」と語られています。

父は土木の作業員、母は農協の職員、祖父は県の道路作業員を退職して神職となり、祖母は熱心な仏教徒であった。

引用元:宮澤博行の自叙伝

宮澤博行さんが子どもの頃は、毎日泥と汗にまみれて帰ってくる父の姿をよく見ていたそう。

毎夕、泥と汗にまみれて帰ってくる父の姿から、「働く人の姿はかくあるもの」と思うようになっていた。

引用元:宮澤博行の自叙伝

後の項目でも触れていますが、実は宮澤博行さんの祖父も「県の道路作業員」と工事関係のお仕事に就かれていたそう。
ということは、「宮澤博行さんの実家は、代々政治家になるような家系ではない」ということですね。

くろねこ

政治家で宮澤と来たから、つい宮澤喜一さんの親族かと思っちゃったよね。

宮澤博行議員の父親は宮澤家の婿養子だった

宮澤博行さんの父は、宮澤家に「婿入り」をした方なのだそう。
出身は宮澤博行さん実家の隣町・佐久間町。

宮澤博行さんの母とは昔からの顔馴染みだったのかもしれませんね。

宮澤博行議員が政治家を目指すきっかけを作ったのは父親だった

宮澤博行さんが政治家を志すきっかけを作ったのは、父親なのだそう

宮澤博行さんが中学1年生だった夏のある日。
祖母が奥の間にある押し入れから、勲章や水平帽などを出してきて、宮澤博行さんに見せてくれたことがあったのだそう。

その勲章や水平帽は、祖父の戦死した2人の弟のもの。
以前から仏壇の上に「帽子を被った若いお兄さんの写真が2つあるなぁ」と思っていたそうですが、その時に初めて写真の2人が祖父の弟たちであることを知ったのです。

上の弟さんは海軍で、潜水艦に乗船中、体がひどく腫れるという異変をきたし、横須賀にあった海軍病院で亡くなりました。
下の弟さんは、右目が不自由でまともに戦えない体でありながら、出征命令が下り、出撃した先で戦死されたとのことでした。

遺品を見ながら、祖父の弟たちの話、戦争の悲惨さを聞いた宮澤博行さん。
ご先祖さまが国のために命を捧げたのなら、僕も国のために頑張ろう。」と、中学1年生にして強く感じたのだそうです。

それからというものの、「国と守る人になるためには自衛隊に入らなくては」と考えるようになり、防衛大学への入学を目指すように。
目標達成に向けて「心身の鍛錬や勉学に励むようになった」といいます。

将来への決意を固めた日から2年ほど経った、中学3年生の夏。
仕事から帰宅し自宅で晩酌をしていた父が、宮澤博行さんへかけた言葉が、その後の人生を大きく変えたのです。

宮澤博行さんの父が、当時息子に言ったのは、以下のような言葉でした。

中学三年の夏、晩酌中の父が言った。

ことが起こってから国を守るのではなく、
そのこと自体を防ぐ人間になれ。

なるほど、と思った。国を守るなら政治だ。政治家になるしかない。志を立てた十四歳の夏であった。

ことが起こってから国を守るのではなく、
そのこと自体を防ぐ人間になれ。

この出来事以来、宮澤博行さんはずっと愚直に、政治家になることを目指し続けました。

将来の進路を考える時期に来ていた息子に「未来を開くような言葉」をかけてあげられる、お父さんの人となりが素晴らしいなと感じるエピソードでした。

くろねこ

本当に政治家になった息子を見て、お父さんもさぞ嬉しかったろうね。

宮澤博行議員の母親は「農協の職員」

宮澤博行さんの母親は「農協の職員」をされていたそう。
農協で働きながら、家事や育児をされていた働き者なお母さんのようですね。

宮澤博行さんは、母親が時折口にしていた、ある言葉がずっと忘れられないのだそう。

母が時折口にした
楽をして稼ぐ多くのお金より、
苦労して稼いだ少しのお金のほうがずっと値打ちがあるのだよ。

との言葉は今でも心の中で生きている。

楽をして稼ぐ多くのお金より、
苦労して稼いだ少しのお金のほうがずっと値打ちがあるのだよ。

この言葉から宮澤博行さんの母は、とても堅実な方だったのだろうなと感じました。

すごく裕福な家庭というわけではなかったようですが、日々の仕事を実直にこなす父と母の背中を見て育った宮澤博行さん。

その実直さは、政治家として活動する宮澤博行さんの仕事ぶりにも大きな影響をもたらしているように思います。

宮澤博行議員の祖父母

宮澤博行さんの祖父は「県の道路作業員」をされていたそう。
退職後は「神職」についたと語られています。

祖父の働く背中を見て、宮澤博行さんの父も工事関係の職に就いたのかもしれませんね。

祖母は「熱心な仏教徒だった」とのこと。

宮澤博行さんのおじいちゃんが定年退職後「神職」についたのは、おばあちゃんが元々熱心な仏教徒だったからなのか、それともおじいちゃんが「神職」についたから、おばあちゃんが信仰を熱心に取り組むようになったのかは定かではありません。

この祖父母の影響で、宮澤博行さんは大人になった今でも、「朝は神棚に拝み、仏壇に合唱する毎日を送っている」のだそう。

祖父は県の道路作業員を退職して神職となり、祖母は熱心な仏教徒であった。朝は神棚を拝み、仏壇に合掌するのは今でも欠かさぬ習慣だ。

引用元:宮澤博行の自叙伝

信仰深い祖父母からは、心を整えて暮らすことの大切さを教えてもらったのですね。

宮澤博行さんのご実家は、政治家系などでもなく、特に裕福な家庭でもなかったようですが、「真面目に働き、心を整え慎ましやかに生きる」実直なご家族であることが、宮澤博行さんのお話から伝わってきました。

宮沢博行議員のプロフィール

宮沢博行議員のプロフィール
出典元:朝日新聞
  • 名前:宮澤博行
  • 生年月日:昭和50年1月10日
  • 出身地:静岡県磐田郡龍山村
  • 学歴:東京大学法学部卒業
  • 所属政党:自由民主党
  • 主な役職:内閣府副大臣・防衛副大臣

【調査結果】宮澤博行議員の父母・家族について

宮澤博行議員の家族についての調査詳細は以上になります。
調査結果を以下にお知らせします。

宮澤博行議員の家族ついての調査結果
  • 宮澤博行さんの父親は宮澤喜一という話はデマ。
  • 宮澤博行さんの父親は土木の作業員をしていた。
  • 父親は隣町から宮澤家に婿入りしてきた。
  • 宮澤博行さんが政治家になるきっかけを作ったのは父親だった。
  • 母親は農協の職員をしていた。
  • 祖父は県の道路道路作業員をしたのち、神職に就いた。
  • 祖母は熱心な仏教徒であった。
くろねこ

報告は以上です。
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